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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2620号 判決

原告 白川強こと 白強

原告 白川きみ子こと 金達粉

右両名訴訟代理人弁護士 斉藤暢生

参加原告 大村房子

同 土田文代

右両名訴訟代理人弁護士 中村光彦

被告(参加被告) 高松勝

右訴訟代理人弁護士 高津季雄

主文

1  被告(参加被告)は、原告白強に対し七六四万四八六六円、原告金達粉に対し二〇〇万円、参加原告大村房子に対し一〇〇万円、参加原告土田文代に対し三〇万円およびこれらに対する昭和四七年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告両名のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告両名に生じた分の五分の三および参加原告両名に生じた分の全部を被告の負担とし、その余はすべて各自負担とする。

4  この判決の主文1項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら―「被告は、原告白強に対し一、六五五万三、三八四円、原告金達粉に対し三〇〇万円および右各金員に対する昭和四七年四月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告(参加被告、以下単に被告という)―「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」および「参加原告らの請求を棄却する。参加による訴訟費用は参加原告らの負担とする。」との判決。

三  参加原告ら―主文1項同旨および「訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

(一)  事故

白川浩こと白浩(以下「浩」という)は、昭和四六年八月六日午前七時三五分頃、自動二輪車(練馬い三四二九号、以下「原告車」という。)を運転し、東京都文京区本郷二丁目三番六号先歩車道の区別のある舗装道路を水道橋方面からお茶の水方面に向け道路中央線寄りを直進走行中、訴外坪井巌の運転する営業用普通貨物自動車(練馬四え八二〇三号、以下「被告車」という。)が対向車線をトラックに追尾して進行し、その進路右側の一方通行路に入ろうとして交通整理の行なわれていない交差点(T字路)において突然右折したため、被告車右側前部と原告車前部が正面衝突し、浩は、その衝撃により投げ出されて転倒し、右腎挫傷、右鎖骨・右大腿骨骨折、肝右葉挫傷、頸部・右膝関節部挫滅創、閉鎖性頭部外傷等の傷害を受け、同日から入院治療を受けたが、右腎挫傷に起因して右腎その他に結核症を起し、同年九月二〇日午前四時一五分頃粟粒結核症により死亡した。

(二)  原告白の相続

浩の後記((四)1)の損害賠償請求権につき、浩はさきに父を失い、また子もないため、原告金は、浩の母として相続人の地位にあったが、同原告は昭和四六年一〇月六日相続放棄したので、浩の唯一の兄弟姉妹であった原告がその賠償請求権のすべてを相続取得した。

(三)  責任原因

被告は、被告車を所有しこれを業務の用に使用して自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、原告らの被った損害を賠償する義務がある。

(四)  損害

1 亡浩の損害

(1) 休業損害 一五万二、九〇四円

浩は、事故当時月収一〇万円を得ていたが、本件事故により、昭和四六年八月六日から同年九月二〇日まで休業を余儀なくされた。

(2) 逸失利益 一、九八〇万〇、三八四円

浩は、事故当時二六才であって、本件事故にあわなければ、六三才に至るまで爾後三七年間稼働できたはずである。

浩は、前記月収を受け、その生活費は月二万円であったから、少くとも年九六万円の純利益を得ていたはずであり、これを基礎として、浩の逸失利益の現価を、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一、九八〇万〇、三八四円となる。

2 原告白の損害

(1) 葬儀費 三〇万円

(2) 付添看護費 五万五、二〇〇円

四六日間、一日当り一二〇〇円

(3) 入院諸雑費 一万三、八〇〇円

四六日間、一日当り三〇〇円

(4) 慰謝料 一二三万円

3 原告金の損害―慰謝料 三〇〇万円

原告金は、昭和二二年三月二日夫白楽坤と死別し、その後女手一つで育てあげた浩を本件事故により失い、その精神的苦痛は、はかりしれないものがある。

被告は、浩が事故後一ヶ月間余も重態で絶対安静の治療を続けていたのに、同人が死亡するまで一度も見舞にすら現われず、加害者として全く誠意がない。

4 損害の填補

原告白は、本件事故による損害につき、自賠責保険から五一九万八、九〇四円の支払いを受けた。

5 弁護士費用 一五〇万円

原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任し、手数料として五〇万円、謝金として一〇〇万円を原告白が全額負担の約束で支払うことを約した。

6 原告白は、昭和四七年八月一六日、その権利のうち、一〇〇万円を参加原告大村に、三〇万円を同土田に各譲渡した。

(五)  よって、被告に対し、原告白が一、六五五万三、三八四円、原告金が三〇〇万円および右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年四月一〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告

(一)  請求原因に対する答弁

請求原因(一)の事実のうち、被告車がトラックに追尾していた事実および突然右折したとの事実並びに浩の傷害の部位程度および死因は否認し、その余の事実は認める。

同(二)の事実は不知。

同(三)の事実は認める。

同(四)の1ないし3ならびに5の各事実は争い、同(四)の4の事実は認める

(二)  被告の主張

1 過失相殺

本件現場道路は、歩車道の区別のある道路であって、車道の幅員が約一六メートルで、片側部分が約八メートル、二通行帯に分けられている。

本件事故は、原告車が自動二輪車であるから、歩道寄りの通行帯を走行すべき義務があるのに、原告らの主張するとおり中央線寄り車線を走行していたもので、他方被告車は、現場交差点の進行手前約六〇メートルの地点から右折の方向指示器を点滅させ、減速しながら交差点に接近し、折から対向車が一台あったのでこれを通過させるため更に減速して停車寸前の速度になって右対向車の通過後ハンドルを右に切り低速のまま中央線を超えた瞬間、中央線寄りに猛スピードで進行して来る原告車を発見したので急停車をしたところ、停車している被告車にノーブレーキ、ノーハンドルで原告車が衝突して来た結果、発生したものである。しかも衝突地点は中央線からわずか約一メートル対向車線上に入った地点であり、原告車のハンドル操作を妨げるような対向車は存在しなかったのであるから、左転把すれば容易に衝突を回避し得たはずである。

本件事故は、以上の如き事故態様で発生したものであるから、原告らの受けるべき賠償額の決定につき、浩の右過失を斟酌すべきである。

2 本件事故と浩の死亡とは因果関係がない。

浩の傷病は右大腿骨・右鎖骨開放性骨折、頸部・右膝関節部挫滅創、口唇部挫創、閉鎖性頭部外傷、右足背挫傷及び擦過傷であったところ、浩の直接死因は粟粒結核症であり、浩を解剖しての所見は、結核性脳膜脳炎、結核性腹膜炎、左右肺乾酪性肺炎、肝多数の粟粒大結核節右葉陳旧性挫傷痕、急性結核性脾腫、右腎上極陳旧挫傷痕、右腎盂空洞性乾酪化結核、左右腎粟粒結核結節、化膿性出血性結核性膀胱炎および結核性前立腺炎となっている。

そうすると、浩の外傷と結核の発病による死亡とは直接の因果関係はないから、被告は、死亡に基づく損害を賠償すべき義務はない。

仮に、外傷により身体の抵抗力が低下した結果結核の発病をもたらしたとしても、これは浩の結核の潜在的病巣や体質などの要因とかみあって発病したかも知れず、外傷が唯一の原因ではない。従って、損害額の決定については、これを斟酌すべきである。

3 浩には内縁の妻である訴外藤沢正恵がいたから、浩の損害をすべて原告白に相続取得させると、右藤沢の権利を侵害することになる。

三  原告ら――被告の主張に対する答弁

被告主張1の事実のうち、本件現場道路の状況は認め、被告車の事故直前の走行状況については不知、原告車の衝突直前の進行状況および衝突地点については否認する。自動二輪車が特に歩道寄りの区分帯を走行すべき義務のある点は争う。原告車は総排気量七五〇CCであり、普通自動車の通行方法と同一である。

同2の事実は争う。浩が過去において結核性の病気に罹ったことはない。

同3の事実は認める。内縁の妻に相続権がないことは大韓民国民法も日本民法とかわりはない。なお、原告白は、自賠責保険から取得した金員中から二〇四万一二一〇円を藤沢に配分した。

四  参加原告らの請求原因

(一)  原告白は被告に対し、前記一のとおり一三〇万円を超える損害賠償請求権を有した。

(二)  ところで、参加原告大村は右損害賠償債権のうち一〇〇万円を、同土田は同債権のうち三〇万円を、昭和四七年八月一六日原告白からそれぞれ譲受け、右債権譲渡は、原告白から同月一八日内容証明郵便をもって被告に通知され、右書面は同月一九日に到達した。

(三)  よって、参加原告らは、被告に対し右譲受債権の支払いを求める。

五  被告――参加原告らの請求原因に対する答弁

参加原告らの請求原因(一)の事実は争う。

同(二)の事実中、債権譲渡の各事実は不知、債権譲渡の通知がその主張の日に到達したことは認める。

第三証拠≪省略≫

理由

一  事故の発生

浩が、原告ら主張の日時、場所において、原告車を運転し、水道橋方面からお茶の水方面に向け、歩車道の区別のある、車道幅員約一六メートルの道路中央側車線上を直進走行中、交通整理の行なわれていない一方通行入路との丁字交差点において右折しようとした訴外坪井巌の運転する被告車と衝突し、同日から入院治療を受けたが、原告ら主張日時頃死亡したことは当事者間に争いがない。

二  責任

被告が被告車を所有し、これを自己の業務の用に使用していたことは当事者間に争いがない。

そうすると、被告は、被告車を自賠法三条にいう自己のため運行の用に供していたものであるから、本件事故に基因して原告らの被った損害を賠償する義務を免れない。

三  事故の態様

原本の存在および≪証拠省略≫によると、本件事故発生の状況につき、警察官の実況見分の結果、被告車運転者坪井の捜査官や裁判所に対する指示、陳述の内容は次のとおりであって、この事実は、被告車の進行に関する距離関係につき多少の差があることは格別とすれば、概ね真実に合致すると認めて差支えないものというべきである。

本件交差点付近の双方の車の走行していた水道橋方面とお茶の水方面を結ぶ道路上の交通量は激しい。訴外坪井は、被告車を運転してお茶の水方面から水道橋方面に向け進行し、衝突地点の手前約八〇メートルの地点では、第一車線を時速約四〇キロメートルで走行し、第二車線を進行してきたライトバンおよび幌付き普通貨物車を追い抜かせてから右にハンドルを切って同約五〇メートル手前の地点から第二車線に車線変更して、約七メートル前に先行する右普通貨物車に追従して走行し、同約二〇メートル手前の地点で、本件交差点で右側の一方通行路に進入するため右折の合図を始め、同約一〇メートル手前の地点で右側にハンドルを切りながら対向車一台を通過させ、同約八メートル手前の地点に至り、前方約三〇メートルに先行する右貨物車の幌の陰から、対向車線の中央側車線近くを直進して来る原告車(総排気量六五〇CC、自動二輪車)を発見し、衝突の危険を感じて急制動の措置を講じたが間に合わず、対向車線上に約七三センチメートル進入した地点で被告車右側前部と原告車前輪部とを正面衝突させた。被告車が原告車を発見した右地点における被告車の速度は約二五キロメートル毎時であったこと、事故現場附近の路面は、本件交差点から水道橋方向に約一〇〇分の五の下り勾配となり、前方約一〇〇メートルしか見とおせない。

右の本件事故現場の道路状況および見透し状況ならびに被告車の事故直前の走行状態からすると、浩は、事前に被告車に気付かず、被告車が一時停止または徐行することなく、突然右折しようとして対向車線に進入してきたため衝突し、その衝撃で投げ出されて転倒したことが推認される。

ところで、浩の運転する原告車が制限速度(時速四〇キロメートル)違反で走行していたと認めるに足りる証拠はないが、前記認定した事実によると、浩が前方注視を怠らなければ、少くとも二〇メートル前後の距離で被告車を発見できたはずであり、そうであれば、被告車の中央線を越えた距離に照らし、僅かに右へ転把すれば事故発生を回避し得たものといわねばならず、浩にも若干の落度のあったということはできるが、前記のような被告車の走行方法に照らすと、浩の右落度は損害賠償額を減殺しなければならない程度のものとは認められないから、過失相殺しないのが相当である。

四  事故と死亡との関係

≪証拠省略≫によれば、浩は、本件事故により、右大腿骨・右鎖骨開放性骨折、頸部・右膝関節部挫滅創、口唇部挫創、閉鎖性頭部外傷、右足背挫傷及び擦過創、右腎挫傷の傷害を受けたこと、受傷当時意識混濁し、放置すればこれだけで死亡に至る程度の高度のショック状態にあり、これに対して生命保全のためのほぼ唯一の方法というべき強力な抗ショック療法、すなわち多量のステロイド(副腎皮質ホルモン)投与等により、ようやく意識回復し、全身的には一応比較的順調に経過中、八月末日頃から肺炎の増悪、結核性病変の再燃がはじまり、九月上旬には再び症状が重篤化して意識混濁に陥ったこと、剖検結果によると、前記受傷のうち、右鎖骨骨折は骨折端において、鎖骨の幅ほどのずれを示し、骨折癒合はなく、肉芽が介在し、そのため軟組織や血管の損傷による出血も多量で、呼吸作用を制限する致命的なものであり、右大腿骨骨折は複雑骨折で、上下が完全に離断して、約三・五センチメートル喰違っており、当該部分で右大腿骨は曲って短縮しており、骨性癒合も仮関節形成も認められず、離れたまま骨膜・筋組織部の肉芽に囲まれていたこと、右のような開放性骨折や骨髄損傷のため破壊された脂肪組織から遊離した脂肪球が血中に吸収されて脂肪塞栓症が発現し、ことに肺静脈洞に特異顕著であり、また肺では肺胞壁毛細血管など肺内各所の血管内に脂肪球の栓塞がみられ、それにより大きな出血性硬塞巣が多発し、既にこれに起因するとみられる化膿性気管支肺炎を併発するに至っており、前記外傷に基く各骨折部の軟組織の挫滅が強く、脂肪塞栓が高度で進行性のものであることが明らかであり、そのうえ、右骨折の部位態様から、肺循環阻害の要因が強く、結局いずれにしても、化膿性気管支炎は重症であってそれだけでも致命的なものであるうえ、結核症による死亡がなければ、早晩致命的な化膿性髄膜炎を惹起することが確実視されること、以上のほか、左右腎、右腎盂に粟粒性結核結節や空洞性乾酪化結核、脳には、高度の腫腸、脳室周囲の軟化、結核性脳膜脳炎、肺には、左右とも、乾酪性肺炎、肺門気管周囲リンパ腺結核等、肝脾その他の腹部臓器に粟粒結核結節その他の結核性炎症の各病巣が顕著に認められたこと、もっとも、肺の病像は粟粒結核結節等の結核性病変のほか、線維性血栓性血管内膜炎が所々にあり、これは結核アレルギーを主因とするが、化膿性炎症や骨折による筋組織の挫滅に起因しても起り得ること、これによる硬塞、壊死、出血巣等多彩な病像が形成されていたこと、腎の剖検からは、単なる結核性のそれに止まらず、いわゆるショック腎の所見もみられたこと、腎および肺には線維化し中心が乾酪化した結核の病巣がみられたこと、一方、同人は、顕著な結核の病歴を有したか否か明らかでないが、すくなくとも近時に活動期にある病巣を有しなかったことが認められる。

以上の事実からすると、同人には、本件受傷前結核の病歴があり、肺および腎に、古い非活動的な、あるいは石灰化した病巣が存したと推認されるところ、本件事故による腎損傷と、外傷によるショック状態に対応してなされた多量のステロイド投与とにより、腎の結核巣が活発化し、全身に血行的に結核菌が蔓延し、脳、肺、肝、脾、腎その他の諸臓器に粟粒結核結節その他の結核性炎症を起し、すなわち、粟粒結核症が発現してこれにより死亡するに至ったものということができ、浩に結核症がなかったと仮定しても受傷後の経過は長期に亘り、予後は非結核性の肺炎、髄膜炎等によって死亡する可能性の方が大きいものということができる。

この事実によると、浩の直接の死因は粟粒結核症であるが、その発病の直接の原因は本件受傷による腎挫傷と、本件各外傷に対する抗ショック治療にあったということができ、本件事故に遭遇しなければ、右結核症の発病に至らず、しかも仮に、結核症の発病がなくても、死亡の蓋然性の方がより大きかったというべきであるから、白浩の死亡と事故受傷との間には相当因果関係があるものということができ、しかも、右事情の下では、浩の結核症歴の存在があったことによって損害賠償額を減ずるのは相当でない。

五  損害

(一)  亡浩の損害ならびに原告白の相続

1  休業損害

≪証拠省略≫によると、浩は昭和四五年一一月頃から訴外関東急送株式会社に運転手として勤務し、月平均九万九、七四八円の収入を得ていたが、本件事故により、昭和四六年八月六日から同年九月一九日までの四五日間休業を余儀なくされ、全く所得のなかったことが認められる。

これを基礎に浩の休業による損害を算定すると、一四万九、六二二円となり、これを超える損害があったと認めるに足りる証拠はない。

2  逸失利益

≪証拠省略≫によれば、浩は、死亡当時満二六才二月弱の健康な男性であって、昭和四〇年六月頃から、原告らの反対にも拘らず、大学在学中に知合った訴外藤沢正恵(昭和二二年二月二一日生)と同棲し、浩の収入をもってその生活を維持していたことが認められる。(右藤沢が浩の内縁の妻であることは当事者間に争いがない。)。

してみると、浩は、事故にあわなければ、爾後六三才までの三七年間稼働することができたはずであり、その間においても浩の月収は少くとも前記認定の額を下らないものと推認され、これと右認定の如き事情によると、同人のその生活費税金等として収入の四割の支出を余儀なくされるものと推認するのが相当であるから、浩の逸失利益の昭和四七年四月九日時の現価を、本判決言渡時までは単利(ホフマン式)、その後は複利(ライプニッツ式)により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると一二六二万五一四八円と算定される。

3  原告白の相続

≪証拠省略≫によると、原告らおよび亡浩が大韓民国籍を有すること、浩は、亡白楽坤と原告金の長男であって、戸主でなく、原告白は浩の唯一の兄弟姉妹であること、原告金は昭和四六年一〇月九日被相続人浩に関する相続放棄の申述をし、それが受理されたことが認められる。

法例二五条により、被相続人白浩の相続関係はその本国法である大韓民国の法律によることになるところ、同法律によると、白浩は戸主ではないから、その死亡による相続は被相続人の権利義務を包括的に承継する財産相続であり、本件の場合、包括的受遺者はなく、被相続人浩に妻および直系卑属もなく、直系尊属である原告金が相続の放棄をしたことが認められるので、大韓民国民法一〇〇〇条一項により、白浩の唯一の兄弟姉妹である原告白が浩の唯一の相続人となったものというべきである。

そうすると、原告白は、右白浩の休業損害および逸失利益計一二七七万四七七〇円を相続したことになる。

なお、被告は、浩には内縁の妻があったから、原告白の相続するものは、内縁の妻の扶養喪失による損害を控除した残額に限られる旨を主張するが、そのような考えをとり得ないことは以下に述べるとおりである。

すなわち、日本民法の定める不法行為に基づく損害賠償制度は、不法行為によって直接権利侵害を受けた者の損害を補填することを原則としており、したがって、被害者死亡の場合には、被害者に生じた損害を金銭的に評価し、これを正当な権利受継者が取得するものとしていると解すべきところ、内縁の妻であった訴外藤沢が、日本ないし大韓民国民法の下で、そのような正当な権利受継者と認めなければならない根拠を見出し難い。(わが国の民法においても、大韓民国のそれでも、相続関係は法定されており、相続の開始により、被相続人に属した権利義務関係は包括的に当然相続人に移転する制度となっている。この関係は、第三者、たとえば被相続人に対する債権者の利害に影響することが大きく、個別的具体的な理由により左右し得ないものである。遺言に形式の厳格さが要求されるのもこのあらわれである。そのため、内縁関係は、婚姻関係に準じて法律上の保護を受ける場合が少なくないが、相続の場合にあっては、わが国の民法でも、大韓民国のそれでも、右の基本原則を崩すことが許されていないのである。

或者が事故死した場合において、内縁の配偶者は、被害者が事故にあわず、なお生存すれば、民法七六〇条に基く費用支弁その他、享受し得たはずの財産上の利益を失うことが通例であろうし、場合によっては生計の資にことかく事態となろう。

しかし、そのことだけでは、残された内縁配偶者が不法行為法上の保護を受け得ることとならないことは、間接被害者一般の問題と同様であって、そのうち、いかなる範囲で保護を与えるかは、法の選択に委ねられているところ、死亡者本人の稼働能力喪失による損害、すなわち逸失利益に限っていえば、わが民法でも、大韓民国のそれでも、相続人(受遺者を含む)以外に保護を与えないものと法定しているのである。すなわち、誰が法定相続人となるかや法定相続分如何は、被相続人がなお生存する場合や死亡した場合における近親者の受けるべき財産上の利益、生計上の必要や、被相続人の財産処分に対する意図を一般的類型的にとらえ、それを法定化したものであり、ただ、それは被相続人の遺言により個別的に修正されることがあるにすぎない。そうだとすると、死亡被害者の損害として評価され、相続人に承継取得される逸失利益の損害賠償も、その例外を許さないとしても、一個の合理性を有するものといわねばならない。

別の面からいえば、右に述べた相続構成を否定して、被害者の近親者らの個別的事情に基いて、相続人その他の近親者の受けるべき逸失利益に基く損害賠償の額が決定されるものとすれば、加害者その他の第三者の利益が故なく害われる場合もあり得るし、また、被相続人の遺産相続に、無視し難い影響を与えることとなるうえ、相続人らあるいはその一員の将来における生計の必要を恣意的に軽視する虞も否定できない。)。

(二)  原告白の損害(弁護士費用を除く)

1  葬儀費

≪証拠省略≫によれば、原告白は、浩の葬儀費として三〇万円を下らない金額を支出したことが認められ、右支出額は、本件事故と相当因果関係にあるものと認めるのが相当である。

2  付添看護費ならびに入院諸雑費

浩は、本件事故により四六日間入院治療を受けたことは当事者間に争いがない。

浩の右入院期間および前記の傷害の部位、程度からすれば、原告白は、浩の付添看護費として一日当り一、二〇〇円計五万五、二〇〇円、入院諸雑費として一日当り三〇〇円計一万三、八〇〇円を下らない額の支出を要したと推認するのが相当である。

3  慰謝料

前記のように、原告白は浩の唯一の兄弟姉妹であったとしても、さきに認定したような諸事情のみでは、兄浩の死亡により同人に慰謝料請求権が生じたと認めるのは相当でない。

(三)  原告金の慰謝料

≪証拠省略≫によれば、原告金は、昭和二二年夫と死別し、その後女手一つで浩および原告白を養育し、長男である浩に対しては将来の生活の支柱としての期待もあったことが認められる。

右の事実および前記認定のような本件事故の態様、内縁の妻の存在その他諸事情を考慮すると、原告金の浩を失った精神的苦痛に対しては、二〇〇万円をもって慰謝されるべきものと認めるのが相当である。

六  損害の填補

原告白が自賠責保険から五一九万八、九〇四円を受領したことは当事者間に争いがない。

七  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らの請求原因(四)5の事実を認めることができ、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らし、右金員のうち、原告白が被告に対し、本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、事故の日の現価において一〇〇万円が相当である。

八  参加原告らへの債権譲渡

≪証拠省略≫によれば、原告らが、参加原告らに対し、同人ら主張の各債権を譲渡したことが認められ、被告に対し、参加原告ら主張の債権譲渡の通知がなされ、これが到達したことは被告の認めて争わないところである。

そして、弁論の全趣旨によれば、原告白と参加原告らの合意により譲渡された債権には、元本のほか既に原告白が本訴において請求していた訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金を含むと解するのを相当とする。

九  結論

以上のとおりであるから、原告両名の本訴請求は、被告に対し、原告白が七六四万四八六六円(五の(一)、(二)および七の合計額から六、八の金額を差引いたもの)、原告金が二〇〇万円(五の(三))およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年四月一〇日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があり、その余は失当である。参加原告らが被告に対し譲渡にかかる各債権元本およびこれらに対する前記同様の遅延損害金の支払いを求める本訴請求はすべて理由がある。よって訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言については同法一九六条を、各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高山晨 裁判官 田中康久 玉城征駟郎)

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